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2009年4月19日日曜日

暗記3科目(経営情報システム・経営法務・中小企業経営、政策) ~激動の30歳ドキュメント14~

暗記科目と言われる

・経営情報システム
・経営法務
・中小企業経営・政策

ですが、これらの学習は多くの受験生は苦痛だと思われます。

しかし、これらは記憶すれば得点源にできる科目なので、

やればやった分だけ点数があがります。

学習しないのは、勿体というほかありません。



ただ、地道に勉強する必要はありません。

直前1ヶ月に集中して勉強しましょう。

やるべき学習方法としては、王道ですが、ずばり過去問です。

あとTACで言えば、答練問題を過去問とともに繰り返すことです。



解き方にもコツがあります。

普通の過去問には大体、巻末に

出題傾向の分析表があるかと思います。

そこで出題傾向を踏まえ、頻出の出題領域を優先して

同じ出題領域を5年分ずつ解いていくのです。

つまり、過去問を1年分ずつ解くのではなく、

出題領域ごとに5年分ずつ解くということになります。

その方が、同じ出題領域を集中して学習できるので

記憶に定着しやすいのです。

受験生には御馴染みの方法かもしれませんが・・・。

おススメできる過去問活用方法です。



ちなみに私はこれらの3科目はというと、

経営情報システムは、仕事上で専門分野なのでほぼパス。
(しかし意外と知らない知識も多く、講義は真剣に聞いていました)

経営法務は、苦痛でした・・・が、勉強になりましたね。

もっと深堀して勉強しても面白いかも。

私は直前に詰め込みましたが何とかなりました。
(もうちょい前から勉強してたらもっと楽だったかも・・・)

中小企業経営・政策は、実は結構楽しかったです。

しかし、過去問が通用するのは中小企業政策のみです。

中小企業経営については、前年の中小企業白書からの

出題となるので単純にそれを覚えなければいけません。

なんでこんな数字覚えなければいけないんだ!と

思いますが、仕方ありません。意外と覚えられます。

ただし、中小企業白書は購入する必要ありません。

テキストで充分です。(TACの場合ね、他の受験校は知らないので)

私は白書は購入しませんでした。

受験に白書は必要か?と言われれば、必要ないと言えるかと思います。

読み物としても面白いかと思いますので、買うのはアリだと思いますけどね。



さて、受験生の方は1次のカリキュラムも

そろそろ終盤に近づいてきたでしょうかね?

まだまだ、3ヶ月以上もあります。何とかなります。

ゴールデンウィークは少し休んで、

明けからスパートしてもいいと思いますよ!




つづく



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2009年4月11日土曜日

経済学 ~激動の30歳ドキュメント13~

経済学のテキストをざっと見たとき、

初回の講義のとき、

相当な拒絶反応に襲われた。



これは、ちょっとまずいぞ。

何か、対策を立てなければ・・・。

企業経営理論は、もう捨てたんだから(センスで勝負ねw)

経済学は、さすがに捨てられないぞ・・・。



そもそも、なぜここまで拒絶反応がおきたのだろう。

それは、経済学というものが、あまりにも浮世離れしているからだ。

経済学は、あくまで学問であり、(今日の経済の基礎にはなっているだろうけど)

「経済学という世界の中での話」を述べたものだからである。

その為、実経済とはリンクしていないことが多い。

その辺りを割り切る必要があった。



資格試験である以上、点数を取らなければならない。

経済学は「数学」だ。そう思うことにした。

実際、殆どそうだ。そうであれば、点数とれるはずだ。

ただ、マクロ経済・ミクロ経済を体系的に学べるメリットは大きい。

実経済とは異なるとはいえ、その基本的な構造は同じはずだからだ。

本格的に学ぶのは、試験に合格してからでも遅くないのである。



別に私は資格取得マニアではないので、

それほどコツというものを知っているわけではないが、

恐らく資格試験において合格する為には、

完璧を目指してはいけないのである。

だから、私は経済学を完璧に理解するのではなく、

点数を取る為の理解をするように努める必要があった。



まず、経済学というものをざっくり把握する為に

簡単な読み物を通して、把握しようと、何冊か購入し

ナナメ読みをした。以下に紹介する。


1.知識ゼロからの経済学入門

2.アメリカの高校生が読んでいる経済の教科書

3.竹中先生、経済ってなんですか?



いずれも読み物としてすんなり読めるので、

概要をざっくり把握するのにいいかも。

あと、経済学は苦手意識が先行していたので

TAC問題集も経済学のみ個別に購入した。

経済学は、なかなか記憶に定着しにくい、すぐ忘れてしまう。

その為、私は直前期まで、1次試験の学習はTAC講義を

受講するくらいしか殆どしていなかったのだが、

この経済学と財務会計の問題は定期的に解くようにしていた。



そのおかげか、経済学は苦手意識からスタートした科目だったが

試験直前には7割程度を目標とする科目に変貌したのであった。



点数を取る為に、具体的には、

主要なグラフ、公式、曲線がシフトしたときの効果などを暗記し

関連する問題を問題集や過去問などから抽出し、解きまくるしかない。

ただし、長期間ガムシャラにやる必要はない。

直前期までは、記憶に定着させる為に、スローペースでもいいから

定期的に問題に触れるようにしたほうがいい。

直前期(1ヶ月前、1週間前)はもう、同じ問題を何回転もさせる。

私はこの科目に限ったことではないが、直前1週間だけで

過去問5年分、TAC基礎答練、直前答練、問題集を丸々3回転はさせた。

それだけやれば、逆に言えば、それしかやらなくても合格できるはずだ。



つづく



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2009年4月4日土曜日

運営管理 ~激動の30歳ドキュメント12~

さて、久々であります。

いつになったら終わるのだろう・・・。

なんか、ドキュメントってわけでもない気もするしなw

少しコンパクト且つスピードアップするか。



運営管理。

今にして思えば、いや当時もそう思っていたが、

診断士試験について、私は多少のアドバンテージがあったかもしれない。

私は中堅・中小企業向けの業務システムの開発及び販売に従事しており

一般に、会計管理、販売管理、生産管理といった業務に関わっている。

財務・会計もそうだが、今回の運営管理は大きく生産管理、販売管理に

わかれ、私の仕事にも大きく関係する部分である。



特に生産管理は、製造業で働いている人を除き、

とっつきにくい分野であろう。

私は、この仕事をするようになってから、最初に深く関わりが

あったのは当該システムの生産管理部分であった。

自然と生産管理用語や業務知識は蓄積されていった。

その為、TACでの講義も普通に聞いていれば

頭にすんなりと入っていった。



ただし、物事には例外があるものだ。

私の場合、IE(Industrial Engineering)やQC7つ道具、

設備管理(~保全)など、あまり実務で関わりがない部分は

新たに覚える必要があったが、正直、真剣には覚えなかったと思う。

また、こういった部分は、生産管理現場でも実際に活用されているのかは

経験上、疑問に残る。



販売管理も同じように、大概はすんなりと頭に入ったが、ここでの例外は

店舗管理だった。まちづくり3法からはじまり、店舗施設など。

まぁ、店舗施設については、一般知識とつなげて結構覚えやすかったかな。

自分が知らない分野を覚えようとする場合、

コツとしては、テキストを丸覚えはしないことだ。

こういうところに受験機関に通うメリットがあるのだが、

私の場合は、

①講師に言われ下線を引いた箇所
②基礎答練など小テストで出た箇所
③過去問で出た箇所

に絞り記憶していった。更に言えば、②③が

優先だ。余裕があれば、その周辺を固めていけばよい。



運営管理で特に印象深いのは、MD(マーチャンダイジング)かな。

非常に興味深い分野である。

診断士学習の1つの醍醐味として、

受験するにあたり、様々な分野を学ぶ必要があるが、

その過程の中で、自分が興味を引かれるものが

発見できることが挙げられる。受験が終わったら、深堀りして

更に知識を深めたりもできるだろう。それが自分の強みとなるかもしれないし。



今年受験される方々も、そういったところにちょっとした

楽しみを見出しながら勉強を進めると、モチベーションも

維持しやすいかもしれない。




つづく



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2009年3月18日水曜日

企業経営理論 ~激動の30歳ドキュメント11~

2007年も10月に入り、TACの中小企業診断士講座も

本格的に開講した。

ちなみに私が受講したのは、1・2次ストレート本科生コース。

当然、ストレート合格を目指すコースだ。



あ、前回までに書いていた財務会計の講座は、本講座前の

プレ講座みたいなもの、といっても本講座と同じ内容だけど。

前にもブログに書いたけど、TACでは財務会計は2回転する。

その1回転目の講座である。その講師は高畑先生という方で、

若いけれども、熱心な先生で、受講人数が結構少なかったことも

あるかもしれないが、ちょくちょく声を掛けてくれていた。

教え方もわかりやすかったし、後で気付いたけど、2次試験での

事例4対策の責任講師でもあったみたい。

結構おススメの講師です。



さて、本講座が開始され、最初の科目は企業経営理論。

講師はTACの名物講師でもある遠藤先生だった。

この先生は、一言で言えば、「熱い」男である。

とにかく、ひたすらしゃべりっぱなし。雑談も多いので

講義時間の延長は当たり前という感じだった。

(まあ面白いのでいいんだけどw)

とにかく、がんばれがんばれという感じで、

モチベーション至上主義で、カリキュラムを進める、

そんなイメージの人だった。だから大人気。

私も結構好きだったな、こういう感じ。



さて企業経営理論の講義だけど、

実は前に会社で「経営学検定試験」というのを

有志で受験する為に少し、学習してたことがあり

(当時の事業部長が講師で講義を受けていた)

何とか、初級に合格したという経験があった。

その内容と結構かぶるので、基礎的な内容は

ちょっと頭に入っていたみたい。



企業経営理論は、大きく3つにわかれ

1.経営戦略
2.組織論
3.マーケティング

全体的に、興味深く、講義を聴いていた。

勉強になるなぁと思いながら。

だから、結構楽しかった・・・、この時点までは。



講師が、企業経営理論はとにかく、過去問に早く触れる

ことが大事、と常に言っていたので、過去問をちょくちょく

見始めてみた。ところが、全然意味がわからん。

問題文の日本語や、解答の選択肢の日本語とかの言い回しが

難しくて、何を言っているのかが、よくわからない。

読み取るのに時間がかかる。この時、もうイヤな感じがしていた。

「この科目は相当てこずるかもしれない。」

【ポイント】
・企業経営理論は早く過去問に取り組むべし
 テキストを熟読する必要なし



この科目は早めに過去問(つまり本試験レベル)に慣れておかないと

きつい。どの科目にも言えることかもしれないが、過去問にとりあえず

着手してみて、わからない箇所をテキストで確認し覚えるといった方法が

有効のように思えた。しかし、私は違う判断を下した。

「この科目、捨てちゃえ。」

あの本試験レベルの独特の日本語の言い回しが

気に食わなかった私は、この科目は捨てたとしても

4割(足切り)は何とかセンスでクリアできるだろう。

と軽く(いやいや戦略的にw)考え、この科目に

講義時間以外の勉強時間を裂くことは

本試験の1週間前までに一切しなかった。



1次試験は7科目で6割420点取れば合格である。

足切りには注意する必要があるが、他の科目でカバー

すればOKである。ときにはこういった思い切った判断も

有効だと私は信じた。



まぁ、あまりお奨めはできないですけどね。

企業経営理論は、2次試験にとっても重要な科目ですし。

以前に一応、経営学の基礎知識を学んだことがあるという

点が私にとっては、補完してくれているのだと思いますし。

ここで言いたいのは、ただガムシャラに学習を進めるのでは

なく、効率よく合格する為には、どうすればいいのか?ということを

考えながら学習を進めた方がいいということだ。

つまりは自分なりに戦略的に学習を進めなければならない。

【ポイント】
・深みにはまりそうな学習はしない(捨てる)
 ⇒私の例:企業経営理論
・得意科目は必要以上に学習しない
 ⇒私の例:財務会計(アカウンティング部分)、経営情報システム


要は選択と集中。ランチェスター戦略のようなものか。

ちょっと意味が違うかもしれないが。

得意科目は当然ながら、点をとりやすいが、

80点以上の得点を目指すには、

かなり勉強時間が必要ですよ、多分。

得意科目は70~79点でいい。

その分、ちょっと苦手な科目に注力して

50点を取るレベルまであげる。

普通科目は60点を確保する。

どうしてもダメな科目は捨てる、といっても40点は確保する。

そうすれば、ダメ科目40点×1、ちょい苦手科目50点×1、

普通科目60点×3、得意科目75点×2で

合格ですよ。うーん、我ながら適当な算出式だ。

でも私は直前に多少は軌道修正したけど、

実際にこの戦略(?)で臨みました。




つづく



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2009年3月12日木曜日

財務会計2 ~激動の30歳ドキュメント10~

さて、かなりご無沙汰だった30歳ドキュメントも

再開していこうと思います。

ぺースはゆったりかもですが、よろしくです~。



簿記2級を持っていたせいか、余裕をぶっこいて

始まった財務会計だが、それは過ちであったことに

次第に気付いていくのであった。



まず、アカウンティングでも簿記2級の対象外であった

税務会計、C/F計算書。



税務会計は、特に税効果会計のところは、講義を

聞いていても、ぽわーんとして、全く頭に入って

こなかった。理解する気がなかっただけかもだが・・・。

頭の中では無意識に、既に「捨て」に掛かっていたかもしれない。



C/F計算書は、これは必須だと、絶対に理解しなければと

いう気持ちでいた。今の仕事にも役立つからだ。

ただ、覚える量が多く、財務会計1回転目では、

全体像を理解するに留めようと思った。

計算式などの内訳(勘定科目)などは、試験直前にでも

覚えた方がいいと思ったからだ。それに何回も同種の

問題を解いていれば、勝手に記憶するだろうし。



それより問題だったのは、経営分析&ファイナンスだった。

経営分析に使う分析指標は、とにかくもう暗記しかない。

理解は不要。まあ理解したほうが覚えやすいのもあるけど。

とにかく記憶しなければならないものが多い!

なので、後回し。全体を俯瞰するに留める。

趣味がてら、株式をやっているので、代表的な指標は

少し知ってるし。

【ポイント】
・記憶するものは後回し(試験直前に覚えた方がよい)



CVP分析は、なんかわからないけど、すらっと頭に入ってきた。

「限界利益」とか、この言葉好き。(意味不明w)

まあ簡単だからかな?



さて、一番の大物はDCF法含む設備投資の経済計算と

ポートフォリオ理論。

DCF法など不動産投資などでよく聞く言葉だが、

当然詳しいことは知らず(投資をしているわけではないので)

初めて聞く言葉の数々に頭は「???」

これは、かなり焦りました。



やっぱり、そんなに甘くねえな、診断士。

そう思ったものでした。



ほとんど理解しないまま、当然ながら講義のスピードは

変わらないわけで・・・、時間が過ぎていったのであります。

ファイナンスの特にこの部分は、1回聞いただけじゃ

理解できません!

【ポイント】
・ファイナンス甘くみるべからず
※でも簿記知識がない人はそっちから覚えよう



他にも、資本コスト、株価算定、企業評価、オプションなど

1次試験、2次試験ともに重要な部分がてんこもりです。

おそろしや、、、ファイナンス。

でもファイナンス部分は完全なる理解が必要です。

完璧に理解できるように、復習をしっかりすることが

大事ですね。ここは時間をかけて理解しました。

とは言っても、財務会計1回転目の講義時点では

そんな事もせず、ゆったりペースでしたが・・・。

この時期にあまり根詰めてもダメですよ。(多分)



つづく

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2009年2月3日火曜日

財務会計1 ~激動の30歳ドキュメント9~

かくして、中小企業診断士試験への道のりがスタートしたわけだが、

何から、手をつければいいか、全くわからなかった私は、

学習計画はとりあえず、TAC任せでいこうと考えた。



基本的なスタンスはこうだ。

1.予習はしない(間違った解釈で理解する可能性がある)
2.TACは休まない(土or日は必ず通学する)
3.平日は仕事に集中し、勉強はしない(直前期は除く)

無理なスケジュールは長続きはしない・・・。

1年という長期間の学習になるため、まずは継続することが大切だ。



そして1次試験科目だが、以下の7科目である。

1.経済学
2.財務会計
3.企業経営理論
4.運営管理
5.経営法務
6.経営情報システム
7.中小企業経営政策

最初は7科目もかよ!と思ったものだが、

そのうち、「1.経済学」以外はTAC講義についていけば

何とかなるかな?と思っていた。



実は「2.財務会計」は得意だった。

少し前に簿記2級を取得していたこともその理由だが、

仕事でも会計系システムにも関係している為に、

それもアドバンテージになるかなと思った。



「3.企業経営理論」は、まぁ、知識は習得しなければならないが、

基本はセンスで勝負だなと思ったし、

「4.運営管理」も私の仕事に関係する分野が多くなんとかなると思った。

「5.経営法務」「7.中小企業経営政策」は暗記科目だから、

直前にやれば大丈夫だと思ったし、

「6.経営情報システム」は、私の専門分野だから

特に問題ないと、かなり甘く考えていた。



しかし、「1.経済学」だけは、

かなり拒否反応を起こすほどマズイなと思っていた。

これはしっかりやらないと落ちそうだなと。

それは殆ど予備知識がない分野だったからである。



そしてTACカリキュラムが開始したわけだが、

TACでは、この年度からか、その前からか忘れたが、

財務会計を2回転するカリキュラムになっていた。

それだけ財務会計を重要視していた。

1次試験のみならず、2次試験でも合否をわける科目になるからであろう。



その為、最初のカリキュラムは財務会計1回転目だった。

1回転とはTACテキストを1通り、講義するという意味である

単純に財務会計だけは、他の科目の2倍やるわけである。

最初の方の講義は、簿記の基本的なものだったので、正直退屈であった。

が、簿記すら初挑戦という人にとっては、相当、講義のスピードが早いため

ついていくのは、かなり大変だったのかもしれない。

やはり財務会計の講義2回転は有効だなと思った。



そんな余裕をぶっこいていたが、そんなに甘くはなかった。

簿記、会計(アカウンティング)は余裕だったのだが・・・。



つづく





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2009年1月26日月曜日

証明 ~激動の30歳ドキュメント8~

2007年の残暑が厳しいその日、

私はTACの中小企業診断士の「無料講座説明会」というものに参加した。

何故TACかというと、理由は単純である。

「そこしか知らなかったから。」

資格といえばTACであり、大手には、そこまで成長しただけのノウハウや、

料金が絶対安いはず、などの期待から、申し込むならココとほぼ決めていた。

勿論、幾ら知らないとはいえ、LECや大原などの名前は知っていたけど。



無料講座説明会がどんなものだったかといえば、講座の説明みたいなものは

あったのだろうけど、殆ど覚えていない。

覚えているのは、合格者たちのスピーチする姿だった。



スピーチの内容自体は覚えていないが、

経歴や受験生時代の話、今後の展望などだったかな。

印象的だったのは、決して人前でしゃべるのに慣れている人ばかりじゃないだろうけど、

全員が自信を持って、話をしていることだった。

合格したという自信に満ち溢れ、輝いているように見えたのである。

素直に「たいしたもんだなぁ」と感心したものだ。



あと感じたのは、別にTACの良さをアピールしている訳ではなく、

中小企業診断士の素晴らしさ、その資格を得るために勉強することの

素晴らしさを説いているように思えたことだ。

私は、まんまとその戦略に乗せられ(?)申し込みをする決意をしたのであった。



その足で、早速申し込みをしに行き、

コースをどうしようか少し悩んだが、価格的に一番お得感があるように感じた

「1・2次ストレート本科生(通学)」を選んだ。

教育訓練給付金対象だったし、講座説明会の参加特典もあった(と思う)からという、

安易な理由だった。それと、やるからにはストレート合格!と

1次試験と2次試験両方に対応するコースにしたのだ。



しかし、この時(説明会)に、中小企業診断士試験の厳しさ、特にストレートでの

最終合格率は3~4%という超難関であることがわかったのである。

あの壇上にいる人達は、ほんの一握りなのだなと思い、そんなうまくいくかな?と

思ったものだ。この時点で、既に逃げ腰で、1年目は1次試験が合格できれば

いい方かも?と思ったりもした。



そんな思考が錯綜する中、帰宅してみると、TACからもらった資料群の中に、

「中小企業診断士試験 合格の秘訣(2007年度版)」 という書籍が

入っていたので読んでみた。この本は良かった。

受験中にも何度も読み返したものだ。



何が良いかというと、合格者の体験記だ。

受験動機や勉強方法など、受験生時代の経験やノウハウ、意識などが

リアルに感じることができ、読むとモチベーションを上げることができた。

受験する人それぞれにドラマがあるんだなと、私も負けてられない、

合格して、この本に載ってやるか!と思うことができた。



「大丈夫、俺が専門学校にまで通うんだから、必ず合格する。」と、

何の根拠もない自信を持ち、そう思い込むことにした。



正直、何の自慢にもなりゃしないが、

今まで真剣に勉強したという経験が無かった。

学生時代は適当にやってれば、学年トップの成績を修めることができていたので、

高校、大学の受験勉強すら真面目に取り組んだことはなかった。

だから、学歴(大学のレベルなど)というものにも執着がなく、

その時の気分で決めてしまっていた。



ここまで言うと、単なるイヤな奴だが、そんなに大したものでもなく、

結果としては、高校こそ、校風が気に入ったので、県下有数の進学校に

入ったが、大学は地元の大学に適当に推薦で入り、しかも中退したという有様だ。

その当時を振り返ると何にも考えていない、ただのアホなガキだっただけである。

真剣に勉強をすることが格好悪く思えた時期だったのかもしれない。

それが年齢を重ねると共に、強い後悔とコンプレックスを生む事にもなっていた。



真剣に勉強をすることの必要を感じたのは、やはり社会に出て仕事をするようになったから

であった。今までは真剣に勉強をすることから逃げてきた事に他ならないと気付いていた。

仕事を通して自分の能力は周りの人達に示してきたつもりだが、他の何かで、

わかりやすい形で、証明したい、証(あかし)、ハクがほしいとも考えていた。

中小企業診断士の資格取得の目的は別にあるが、ちょうど良い機会とも感じていた。



この時、既に婚約していた彼女に、

「俺が真剣に勉強をしたら、どうなるか見せてやる。」

「俺は絶対に一発で合格してみせる。見てろよ。」

そう息巻き、自分にプレッシャーをかけた。

私の中小企業診断士受験が始まった。



つづく




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2009年1月22日木曜日

何になりたい? ~激動の30歳ドキュメント7~

私は何になりたいのだろう?

子供の頃、何になりたかったんだろう?

思い出してみる。



そうだ、私は「社長」になりたかったんだ。

幼少時代から母子家庭で育った私は、

決して裕福とはいえない家庭環境で育った。

特に不満はなかったが、「お金持ち」になりたいという

思いは人一倍強かったかもしれない。

そうすれば、自分の周りの人たちを幸せにできる。

金が全てではないが、そうなる(裕福になる)ことで、

できることが増える、より視野が広がるだろう、と考えていた。



それを実現する為には、「社長」になるしかないと

幼い私は漠然と思っていた。

その思いは、成長し、大人になっても変わることは無かった。

つまり、自分のビジネスを持ち、「経営者」として経営していくことだ。



20代は、本当に波乱万丈で、目の前の出来事を必死にこなす事で

時間が過ぎてしまった。ただ、そういった経験を通して、

自分の仕事(会社)でのスタンス、地位の確立、私生活ともに

ようやく安定してきた。



今が、新しいことにチャレンジする時期なのかもしれない。

でも、「社長」つまりは、「経営者」になる為にはどうすればいいのだろう?

まず、「経営」とは何か?その知識が圧倒的に不足していのではないか?

と考えていた。今の仕事で、中小企業相手にITを通して、経営者とも

関わる機会も多いが、だからといって、充分な経営知識が得られる訳でもない。

必要最低限の知識を学ばなければならない。



そんな事を考えていると、懇意にしているクライアントから勧められていた

「中小企業診断士」という資格が不意に頭に浮かんだ。

中小企業の経営コンサルティングに関する資格だよな。

その資格取得を通して、「経営」というものが体系的に学べるかもしれない。

そういえば、会社の先輩で「中小企業診断士」を受験した人が何人かいたな・・・。

でも全員、断念していた。よほど、難関資格なのだろうという事は想像できた。



情報収集してみるか。早速、休日にTACに行き、パンフレットをもらい、

スタッフによる簡単な受講ガイダンスを受けた。

やはり、甘くない。

何しろ、1次試験が7科目もある・・・。

その後は、2次試験は論述式だ・・・。

しかも、口述試験まである・・・。

全く、合格できるイメージが浮かばなかった。



でも、今の仕事内容が密接に試験内容に関係していたり、

財務・会計は個人的に勉強していたから少しアドバンテージが

あるかなと思えた。



TACでもらったパンフレットを見ると、「無料講座説明会」に参加すれば

入学金が無料!と書いてある。とりあえず、参加してみるか。

2007年の夏が終わりかけた日のことだった。



つづく





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2009年1月16日金曜日

失敗に気付く ~激動の30歳ドキュメント6~

興味があるもの、沸いたものから

片っ端から取り組んでいたあの頃。

偶然、ある一冊の本に出会った。

ベストセラーだったので、何となく読んでみただけだったが、

内容がその表題からイメージしたものとは、大分違ったが

その内容に大きな刺激を受け、その本に書いてある内容を

実践しようと試み、関連する本を20冊以上、買い漁り、

時には、それらの本の作者にもコンタクトを取ったりしながら、

のめり込んでいった。婚約者である彼女にもその内容を説明し、

実行することに同意してくれたので、2人で一緒にチャレンジしていった。



しかし、色々と自分達で調べたり、人から教えてもらったりするうちに、

私達はそれを実行するうえで、現在、自分達が置かれた状況が

あまりにも制約が多く、致命的な程、条件が悪いことに気付いてしまった。



1年ほど前に、自分達がよかれと思って実行したある行為が、その時に

チャレンジしようと思っていた事に相当不利な条件になってしまっている事に

気付いてしまったのだ。

「無知とは罪だな」

2人して愕然とした。

一般的にその行為は、全然失敗というものではないと思うが

私達にとっては、過去に自分達が実行したその行為は

失敗そのものだった。



そんな状況のまま、チャレンジを続けることは

愚かな行為のように思えた。

ネガティブ思考ではなく、冷静にそう考えたのである。

既に手を出し始めていたチャレンジだったが、取り返しがつかなくなる前に

一時中断することにした。



私達にはそれを実行する基礎体力がなかったのである。



その件はかなりショックだったが、私達に基礎体力がついたら

またチャレンジしようと思っている。あくまで「一時中断」だ。

そんな中、私がやりたかった事、なりたかったもの、今出来る事を

頭の中で、ぐるぐる考えていた。



そうしていると、ふいにある人から言われたことを思い出した。



つづく





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2009年1月11日日曜日

会社 ~激動の30歳ドキュメント5~

深い悲しみに包まれた中、

私を支えて続けてくれたのは、

婚約者である彼女に間違いない。

「本当に助かったんだよ・・・。ありがとう。」



さて、場面は変わり、仕事に戻った私を待っていたのは

想像もしない出来事だった。

いや、想像はできたが考えないようにしてきたのであろう。



背景を事細かに説明することはできないし、しても仕方ないので、、、

簡単に言えば、経営陣交代、会社合併という動きであった。

その裏にある様々なものによって、

仕事に対するモチベーションは著しく低下していった。



今まで、仕事を最優先に生きてきた男が、

仕事に対してのモチベーションを失うと、

どのようになってしまうのだろうか。

母を失った悲しみとの2重の苦しみの中で、

私は「人生とは何なのだろうか」と、その意味がわからなくなっていた。



しかし、そのように苦しむことは母は願っていないだろう。

私は母に幸せになることを誓ったんだ。

私はまず発想を変えることにした。

「人生は仕事が全てではない。」

私にとっては、パラダイム転換である。



私の中の「仕事」というもののプライオリティを一時的に下げることにした。

言い訳ではないが、仕事の手を抜くというわけではない。

考え方やそれに基づいて行動を変えるということだ。



仕事に殆ど全ての時間を割いてきたが、そうではなく、

意図的に他にも時間を割くようにした。

自分の中で割り切って、仕事の時間を決めて

その時間内で片付けるように努めた。

後になって思うと、かえって、その方が効率が良いように思えた。



そうやって意図的に作り出した時間で、

私は夢中になれる「何か」を模索していたんだ。



つづく



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2009年1月9日金曜日

涙 ~激動の30歳ドキュメント4~

母が死んだその日のうちに、母を実家に連れ帰った。

涙は出ない。

どこか壊れたのかもしれない。



夜、母の事を想った。

決して贅沢はせず、慎ましく過ごしていた母。

本当に幸せだった?

楽しかった?



親不孝な息子、

社会人になっても迷惑ばかりかけてきた。

ようやく落ち着いてきたこの頃、

親孝行ができる歳になってきたと思ったのに・・・。

「親孝行したいときには親はなし。」

本当にその通りだ。

言い訳に過ぎないか。



翌日、お通夜が行われた。

親族のみで静かに行うようにしたが、

近くに住む友人達は参列してくれた。



まだ、人が集まらないうちに、ふと棺の中で寝ている母の

頬をさわってみた。

それは冷たく、硬直していた。

ここにはもう、母はいないのだ。



そう実感したのか、涙がこぼれた。

今まで、何かに抑えられていたかのように

涙はずっと、ずっと止まらなかったんだ。

その翌日の告別式もずっと。

まるで赤子のようだった。



そして母は焼かれ、本当に天に召された。

この現実を受け入れなければいけない。

悲しみは何よりも大きく、それは時間でしか

解決できないのだろうと思われた。

頭を意図的に切り替え、すぐに仕事に復帰した。

しばらく休んでしまったから、少しの間はその穴埋めで

気が紛れるだろう。



決して忘れない、忘れられない。

これから私ができることは、

私が幸せになることだ、それが母の願いだろう。

それが親孝行になることを信じよう。



つづく




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2009年1月6日火曜日

別れ ~激動の30歳ドキュメント3~

【2007年6月29日】

母の意識は日に日に、無くなっている様だった。

モルヒネの量も増え、これ以上は増やせないほどになっていた。

私は不謹慎かも知れないが、心の中で

「(もういいよ・・・、母さん、頑張らなくても・・・。)」

と思い始めていた。もう母のそんな姿を見ていられなかった。

それは母の事を思ってなのか、自分が耐えられなかったのか、

もう、よくわからなかった。



そんな中、母の容態が急に悪化していった。

心臓の動きが不規則になっていった。

私は母の手を握り、

「母さん・・・ありがとう。」

「俺はもう、大丈夫だから、心配しないで・・・。」

そう伝えた。母も意識が朦朧としている中、理解できたかは

わからないが、私と目が合った。うなづいているように思えた。

これが、母と最後に交わした会話だった。



それから、母は夜通し、必死に頑張っていたんだ。

心拍数が時折、200を超え、通常時の倍以上にもなっていた。

それは、まだ生きよう、生きたいと思う、母の生命そのものの動きだった。

そんな無茶な心臓の動きは永遠には続かなかった。



【2007年6月30日】

その瞬間、ドラマでもよく見るような、ピーという電子音とともに

母の心臓が停止した。呼吸も停止した。

それまで命の火が灯っていた母の目の光が一瞬で無くなった。

医者はお決まりのセリフを口にした。

これは現実なの?あっけなさすぎるよ・・・。

まだ現状を理解できないままでいるのか、

涙が出なかった。



私が30歳になる5日前の出来事だった。



つづく



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2009年1月4日日曜日

最後の日々 ~激動の30歳ドキュメント2~

【2007年6月某日】

自分の頭の中にある、当たり前の母親の姿とは

全く異なる姿を目にしたことが、あまりにもショックだった。

もう他の事が考えられなくなっていた。

今の私に出来る事があるのか?



翌日、会社に出勤して事情を話し、午前中に多少の引継をして

しばらく会社を休ませてもらうことにした。

せめて最後だけは、看取りたい。

それだけが、私に残された最後の親孝行だった。



幸い、仕事も過渡期でなかった為、上司も快く、了承してくれた。

同僚・部下には迷惑を掛けてしまい、申し訳ないが、本当に感謝している。



早速、身支度を整えて、実家に向かった。

危篤という状態ではないので、付きっきりという訳ではない。

ただ、面会時間はなるべく病院にいるようにした。

痛み止めのモルヒネの量が増え、痛みを無くす代わりに

意識も朦朧としていた。それでも息子の私が来ると分かるのか

話かけてくることもあった。

「会社は大丈夫なの?」

「迷惑かけてごめんね。」

ろれつが回らなくなり、聞き取るのも次第に難しくなっていったが

私の心配ばかりしていた。



母と二人きりの時間が続いていた。

ただ痛み止めの影響で、殆どは寝ている。

私は、母の顔の汗を拭いたり、手を少しの間、握ったり

するくらいしか、出来なかった。

母が目を覚まし、話かけてきた時に、少し会話をする。

そんな時間が続いた。



仕事は、朝・昼・夜にメール確認などをするくらいで、

済ますことができたので、ゆっくりとした時間が流れていた。

病院にいる間は、気を紛らわす為に読書をしていた。

そうでもしないと、気がおかしくなりそうだった。

母の容態は良くないが、安定していたので、面会時間以外は

私は実家に戻り、過ごした。

一人でいると、色々なことを考えてしまう。

殆どは、母のこれまでの人生、そして・・・私が抱く後悔の念だった。



(なんで、私の母親なんだ?)

(なにも、母は悪い事してないだろ?)

(他に死んでいい奴、たくさんいるだろ?)

(なんで?なんで?なんでだよ・・・)

(誰でもいいから、助けてくれ・・・)



そんな、どうにもならないことばかりを考えていた。

癌と分かってから、私は何をしてたんだ・・・。

もっといい病院なり、医者なり、探す努力をしたのか・・・。

こんなことになるなんて・・・。ちきしょう・・・。



母子家庭だった私達の最後の日々が少しの間、続いた。

そして、母に残された時間が無くなろうとしていた。



つづく



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2009年1月3日土曜日

人生で一番ショックを受けた日 ~激動の30歳ドキュメント1~

30歳。


人生の節目と言われるその歳を挟んで、私も大きな出来事があった。
激動の30歳を振り返ってみようと思う。勿論、診断士受験のこともそうだが、
診断士受験と関係ない事も多いので、予めご容赦願います。


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【2007年6月】

忘れもしない、2007年6月某日。

今までの人生の中で一番ショッキングな場面に出くわした日。

私は母が入院している病院に向かっていた。

前日に「最近、母親の容態が思わしくなく入院した。」

と弟からの電話を受けていた。

病院に向かっている途中、ここ半年の出来事を思い返していた。

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母は癌(胆のう癌)だった。

発覚したのは、2006年12月末。

この時点からは半年くらい前のことだった。

発覚したときは、まだ母は元気だった。

その連絡を受け、すぐに母に会いにいったが、

特に変わりもなく普段の母そのものだった。

その様子と、癌の怖さの意味を理解していなかった私は、

ほっと安心してしまっていた。



医者からも、

「進行度合い的にはステージ3(ほとんど末期)だが、癌も小さいから、手術ではなく抗がん剤治療で、弱らせてから手術できる機会を伺いましょう。余命とか、そういうものじゃないから、騙し騙しじゃないけど、様子を見ながら治療を考えていきましょう。」

という楽観的なものであったから、それを真に受けていた私は

何の根拠もないが、ああきっと心配ないんだなと思い込んでしまった。

検査入院から退院した後は自宅療養だったので、たまに顔を見にいったけど

普段どおりで特に具合が悪そうということもないように思えた。

ただお腹がちょっと重いということはずっと言っていたが。



【2007年2月】

私の仕事が忙しくなり、なかなか会いにいけなくなった。

主に携帯メールで連絡をとっていたが、

あまりにも普通の会話をしていたので、

特に心配はしていなかった。まして死についてなど。



【2007年4月】

抗がん剤の影響か、癌の影響か、胆のうの機能が落ちているということで

胆のうの管を補強する意味で金属の管を入れる手術をする為に入院した。

入院したということで驚いて、病院に向かったけど、

思いの他、元気で、顔色も良く、普通に病院内も歩き回っていたので、

大したことなかったんだなと、安心していた。



【2007年5月】

母の日にちょっと高価なプリザーブドフラワーを贈った、母は花が好きだったから。

郵送で贈った為、すぐに母からお礼のメールがきた。

そのメールの何気ないやり取りの中で、結婚を考えている彼女に会ってほしいと

切り出してみたが、実は最近は体調が芳しくないから、もうちょっと後にしてくれという。

きっと照れ隠しなのかな?と思った私はバカだった。



「薬が効いて、頭がぼうっとする事が多い、メールも自分で書いてる感じがしなくて、必死に書いてる。」

と言っていた。私はイマイチ意味を理解できなかった。

自宅療養の時には、抗がん剤は投与しないはず、

他の抗生物質などでそういう副作用があるのかな?と安易に考えていた。

風邪薬などで、眠くなるのと同じようなものか、と。

本当にバカだった、私は。

(後でわかったことだが)母をそういう状態にしていたのは、

痛み止めであるモルヒネだった。

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【2007年6月某日】

そんなことを思い出していると、病院に着いた。

ここ1〜2ヶ月ほど、仕事に追われ、母に会えていなかった。

母が入院しているという病室に叔父と弟と入った。



ベッドに寝ていたのは、別人となった母だった。

やせこけた、顔、体。

黄疸が出て、真黄色な顔、目、肌。

目に見える全ての姿が、これまで私の頭の中にある母親の姿と異なっていた。

「(え・・・。どうして・・・。)」

何も言葉を発することができなかった。

私は一瞬でパニック状態に陥った。



母の前で泣く訳にはいかなかった。

母の前では笑わないとダメだ。

そう思っても、自分の感情がそれを許さなかった。

気がついたら、病室を飛び出していた。

離れたロビーまで走った。

声を出して泣いた。

皆が見ていた。そんなことも気にする余裕もなく、泣き続けた。



どのくらい時間がたったのだろう。しばらくして病室にいってみると

まだ叔父と弟がいた。改めて母を見つめる。直視できないほど、やつれた姿。

母は寝ていたが、目が覚めたようで、私の方を見た。

「わざわざ、ごめんね・・・。」

元気が無い、しかし、しっかりとした口調でそう言った。

「(なんで謝るんだよ・・・)別に大したことないよ。体調は大丈夫?」

精一杯、平静を装って、私はそう答えた。

「まぁ、、、しょうがないよね・・・。」

母は、もう全てを悟っているかのようにそう言った。

思わず、母の手を握りしめ、

「何言ってんだよ、しょうがなくねえよ、まだまだ、これからでしょ・・・。」

そう返したが、握り締めた母の手は点滴の影響か・・・、パンパンに膨れ上がり

黄疸で真黄色になっていた。



担当医に別室に呼ばれ、説明を受けた。
(この病院は母の家の近くの病院で、当初に癌治療を開始した病院ではなかった)

既に頭が真っ白になっていた私は、医者の言葉を理解するのに時間が掛かった。

「お腹が膨れているのが分かりましたか?癌性の腹膜炎、つまりお腹の中が癌だらけになっています。もう手の施しようがありません、痛みを取り除いてあげることしかできません。申し訳ないですが、いつ亡くなってもおかしくない状態です。今月中もつかどうか・・・。」

「(何言ってんだ?この医者は・・・)」とも思ったが、予想していた言葉でもあった。

「そうですか・・・。」

とだけ、答え、部屋を出た。

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つづく


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